わしなりに考えてみた

まじめなことも、ネタも

30周年だし、B'z がいかに凄いかについて。

経歴 

 

「B’z」の画像検索結果

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B'zは今年結成30周年を迎える日本を代表するロックバンドで、ギター、作曲担当の松本孝弘(56)とボーカル、作詞担当の稲葉浩志(53)の二人とその他サポートメンバーから成り立っている。日本で最も多くのCDの売上を誇り(約8200万枚)、また日本最大のファン数約65万人を抱えている。また、アジアのミュージシャンで初めてロック界に多大な貢献をしたバンドが表彰されるハリウッドロックウォークに殿堂入りしたバンドである。ギター担当の松本孝弘はラリーカールトンとコラボしたアルバムで2015年にグラミー賞を受賞した。老舗音楽番組のミュージックステーションでは別格の扱いを受けており、他のミュージシャンがすべて録音した音声でパフォーマンスするのに対し、B'zは生の演奏をしている(回によっては声は生だが演奏は録音の場合もある)。また、年末スペシャルなどではない普通の回にもかかわらず、3曲同時に一つの回で演奏を行ったこともある。また、ミュージックステーションのオープニングソングは松本孝弘によって書かれた。これらの華々しい経歴はB'zのパフォーマンスのレベルの高さを裏付けるものとなっている。また、ボーカルの稲葉さんは高校時代に全国模試で数学で全国3位になったことがあるほどの秀才で、横浜国立大学教育学部を卒業し、数学の教育免許をもっている。そんな稲葉さんの作る歌詞にはちらほらとベクトルや摩擦係数などの数学、物理用語が飛び出したりする。また、稲葉さんのストイックさはそのストイックさでもよく知られ、特に喉の管理は徹底している。禁煙はもちろん、真夏でも基本的に鍋を食べたり、冷房はつけず、扉は締め切り加湿器を回し徹底的に湿度を管理している。

 

歌詞

次にB'zの音楽の内容の方を紹介したい。稲葉さんはもはやぼくの国語の先生だといっても過言ではない。ぼくはB'zに出会う前は歌を単純に音として聞いていた。つまりピアノの演奏を聞くのも、歌を聞くのもぼくには同じようなことだった。しかし、B'zの曲はぼくに歌詞を読むことの大切さを教えてくれた。稲葉さんは作詞の天才である。イケメンで歌がうまくて、努力家で頭がいいだけでなく、作詞も神がかっている。ぼくは稲葉さんの詩を読むことを通して、言葉の美しさを知り、言葉で何かを表現することの楽しさを知った。それは国語の授業で学んだどの有名な詩よりもより深く心に残った。きっと、声も演奏もあいまってよりその詩が立体的になるからだろう。そして稲葉さんは教科書に乗るような詩人に負けないくらい詩人なのだ。稲葉さんの言葉の選択が絶妙であることはもちろん、その表現する内容も安っぽいものはなく、どれも説得力がある。常に一流として前線に立ち続けてきた稲葉さんだからこその経験が詩に反映されている。ぼくは辛い時はいつもB'zの曲を聞いて自分を励ましていた。大きな決断を迫られたときに、B'zの曲を聞いてリスクの大きな道に踏み切った。B'zの音楽はするめのようであり、聞けば聞くほどに味が出てくるものが多い。いいかえれば最初は分からなかった歌詞の意味が人生経験を積むうちに分かるようになったり、あまり好きでなかった陽気な軽いメロディーが実はとても辛い立場にいる人を励ますための歌詞を引き立てるためにあえてそう作られていることに気づいたり。こういった作品のするめ性は、いかにその作品が丹念に作り込まれているかを示している。いい映画は一回見ただけでその凄さを感じるものの、全ての要素を理解することはできない。何回も見ることで新しい発見をして、それでようやくその全貌が見えてくる。B'zの曲もそんな性質を有している。歌は、その作詞家、作曲家の人生経験を反映するものだ。B'zは一貫して自分達で音楽を作り続けているので、彼らの30年間に及ぶ音楽を聞くことは彼らの30年間の人生を体験することにほかならない。これが一つのバンドに傾倒することの利点だろう。あるバンドの新しいアルバムを聴くことはいわば映画の続編を見るような感覚だ。最近は、特定の好きなバンドを持たずにヒット曲をとりあえず流し聞きする人も増えているが、その聞き方ではその曲の深さは理解することはできないだろう。なぜならある曲にはそれが出来上がるまでの背景がある、つまり作り手の経験があるからだ。そのアーティストの一連の作品を聞くことによって彼らの歩んできた道だったり、その作曲当時の感情だったりを深く理解することで初めて見えてくるものがあったりする。話がややそれてしまったが、要するにぼくはB'zの音楽を中学生の頃から聞いており、それにより彼らの生き様、哲学に共感し、感化され今に至る。B'zは僕の人生の先生なのだ、いわば。そこまでメッセージ性のある曲作りをできるアーティストはなかなかいないと思う。B'zの音楽は娯楽を超えたところにある。一流なのだ。実際に、B'zの詩の一節を紹介したいと思う。少しでも興味を持つ方がいたら、ぜひ曲の方も聞いてみてもらいたい。

 

言葉ひとつ足りないくらいで

笑顔ひとつ忘れただけで 

ほんの少しのすれ違いだけで 

全部諦めてしまうのか

愛されるばかりが能じゃないだろう

さぁ見つけるんだ 僕たちのHOME

 

 98年にリリースされたHOMEという曲の一節。この97~98年の時期はどの曲も哀愁が漂う退廃的な空気が漂う時期なのだが、この曲は一際哀愁が漂っている。この曲は稲葉さんの離婚であったり、親交のあった勝新太郎さんの死であったり、B'zの音楽性が大幅に変化して、以前のファンが離れたりとたくさんの別れがあった時期に書かれた。 <div ">この歌詞のメッセージは自分と相手の両方に対して訴えているように感じる。稲葉さんは当時売れに売れて忙しくて、結婚したばかりの奥さんと過ごす時間はかなり少なかったのだと思う。そんな忙しい時に、ちょっとしたことで喧嘩になってしまったりして、だけどそれを許容するだけの心の余裕がなくて。どうして自分のことを分かってくれないんだって思って、つまりもっと愛してくれって思って。でも、そこで愛されるばかりが能じゃないだろう。相手を自分から愛しにいこうと訴えてる。自分達が本当に分かり合える地点を見つけようと呼びかけている。だけど結局稲葉さんは離婚してしまった。この曲は過去の自分に向かって言葉を投げかけている。そしてそう考えると最後のさぁ見つけるんだ僕たちのHOMEという一説が悲しくて仕方がない。それはまるで主人公が初めから死ぬと分かっている戦争映画を見ているような、分かっているからこその悲しさだ。一つ一つの努力が、主人公が分かり合おうとしている行為が、健気で仕方がなく、どこか退廃的なメロディーとあいまってどうしようもなく同情してしまう。

 
 
それでは次の歌詞を紹介したい。
 
一人ずつみんな歩いてるこの街で

いつの日かあなたと  

会えるならそれは素晴らしい事件

月の照らすMy lonely town

 

2009年にリリースされたMy lonely townという曲の一説。言葉のセンスが絶妙だ。街とは人の心の比喩で、一人ずつみんな歩いてるこの街とは、人が皆孤独な心を抱えて生きている様を示している。自分もまた孤独に生きているのだが、もしあなとといつしか分かり合えたら、あなたが私の街に来てくれたら、それは私の街にとっては素晴らしい事件なんだと。事件というネガティブなイメージを想起させる言葉を素晴らしいとくっつけるセンスが抜群。街を比喩として用いたから、出来事を事件という言葉におきかえているのもすごい。そして事件という言葉のおかげで、きっと自分の孤独な心を大きく揺るがし、新しい自分になれるくらいあなたが愛しいんだと伝わってくる。そして月の照らすMy lonely town。月は詩の世界では人の心を照らす描写として例えば山月記なんかでも出てくる。稲葉さんの歌詞はたいてい表面的な意味と比喩的な意味の二重の意味があり、どちらで読んでも不自然にならないようにできている。世の中にはなんの含みもないダイレクトすぎる歌詞や、ぎゃくに抽象的すぎてよく分からないものがあったりするが、稲葉さんはその辺をきちんとしている。この歌詞で言えば、街であなたと会えるなら、それは事件である。月がこの街を照らしている。というのが表面的な意味である。比喩的な意味としては、あなたと分かり合えるなら、孤独な私は救われる。孤独な様が月がこの街を照らしているという表現で強調されている。こういった詩を読むときの一種謎解きのような楽しさを稲葉さんの詩はぼくに教えてくれた。これがB'zの歌がするめ性を有するひとつの由縁でもある。流し聞いただけでは分からないものがB'zの音楽には確実にある。
 
B'zの名歌詞は山のようにあるのですが、今回は個人的に好きな歌詞を紹介させてもらいました。
この記事を通してB'zの音楽に興味を持ってもらったり、歌詞を読むことに興味を持ってくださった方がいたら幸いです。